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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)6号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

1 取消事由(一)について

成立に争いのない乙第一一号証の一によれば、引用刊行物(ドイツ工業規格DIN三五二三)には、別紙(二)記載のとおり、蛇口接続金具の正面水平方向における形状と右金具の雄ねじ筒の断面形状が図示されていること、同図には数値の表示はなく、付表に数値が記載されていることが認められる。

ところで、原告は、本件登録意匠の類否の判断の対象とすべき意匠は、右引用刊行物に図示されている意匠、即ち、引用意匠と同じ寸法比のものに限定されるべきであるのに、審決は、引用刊行物の付表に記載されている数値に基づく、正面水平方向の雄ねじ筒と円筒部の長さの比により、意匠を把握して、両意匠の類否の判断をなしたものであるから、視覚によらず、観念的に把握した、意匠法上の意匠でないものと対比した違法がある旨主張する。

しかしながら、いわゆる引用意匠につき、本件のように刊行物の記載によつてその意匠を把握特定するに当たつては、図面のみならず、文章による表現を参照できるものと解するのを相当とする(意匠法第六条第四項ないし第八項参照)。そして、前掲乙第一一号証の一によれば、本件における刊行物(同号証)はドイツ工業規格書であることが認められるところ、同号証と本件口頭弁論の全趣旨とによれば、このような規格書は、物品の形態について全体の概要を把握できる程度に図示し、この図示された基本的形態に基づいて、付表等文章によつて各部の寸法等を明確に規格したものとして作成、提出されているものと解するのが相当である。右刊行物につき、右のように解すべき妨げとなる特段の理由は見出せない。

してみれば、審決は、前記当事者間に争いのない「審決の理由の要点」の記載から明らかなとおり、本件登録意匠と対比すべき引用意匠を、引用刊行物における図面に基づいて前記のとおり物品蛇口接続金具の基本形態として把握して特定したうえで、その要旨を認定し、引用意匠と本件登録意匠とを対比して、その要部を認定し、両意匠の相違点の一つである正面水平方向の雄ねじ筒と円筒部の長さ比については、外観上さほど大きな差異ではなく、引用刊行物の付表の数値を参照し、この数値によつて本件登録意匠とほぼ同一比率のものが表示されていることからみても、本件登録意匠の特徴とすることはできず、右相違点は部分的なものである旨認定して、要部において共通している両意匠は全体として類似しているものと認定、判断したものであるから、誤りはない。

原告が提出する成立に争いのない甲第一六号証は、本件と事案を異にし、適切でない。

なお、原告は、意匠は文字、符号などで特定することは許されない旨の主張の根拠を、甲第九号証の一、二(意匠審査基準)にも求めているが、同号証中2、(4)の記載は、意匠を、願書又は図面中に文字、符号などを用いて形状、模様及び色彩に関して説明をすることができることを前提に、その説明が抽象的であつて意匠の特定ができない場合をもつて登録をすることができない一例としていると解すべきものであつて、およそ意匠の特定に当たつて図面以外の文字、符号を用いてはならないことを意味するものではない。

よつて、原告の(一)の主張は採用することができない。

2 取消事由(二)について

前掲乙第一一号証の一、成立に争いのない甲第四号証によれば、本件登録意匠、引用意匠はともに、蛇口接続金具に関するものであつて、本件登録意匠の要旨は、雄ねじ筒と円筒部とを連設してなるもので、雄ねじ筒の内面には六角棒ハンドル挿入用の断面正六角形状の孔部を、円筒部の内面に雌ねじ部をそれぞれ設け、雄ねじ筒の直径を円筒部の直径より小とし、正面水平方向において両者の長さ比を一対約一・四三としたものであり、引用意匠の要旨は、雄ねじ筒と円筒部とを連設してなるもので、雄ねじ筒の内面には六角棒ハンドル挿入用の正六角形をずらして二個重ねた断面形状の孔部を、円筒部の内面に雌ねじ部をそれぞれ設け、雄ねじ筒の直径を円筒部の直径より小とし、正面水平方向において両者の長さ比を一対約二・七七としたものと認められる。

そこで、両意匠を対比するに、両者はともに、基本的形態において、その内面に六角棒ハンドル挿入用の孔部を設けた雄ねじ筒とその内面に雌ねじ部を設けた円筒部とを連設し、雄ねじ筒の直径は円筒部の直径より小であつて、段違い状となし、正面水平方向の長さは雄ねじ筒に対し円筒部の方を長くした構成であつて、両意匠は、この点において共通しているということができ、右共通点は蛇口接続金具の意匠として全体的なまとまりを形成すべきものであることは明らかであるから、右基本的構成態様は、看者の注意を惹くものであつて、両意匠の要部をなすものと認めるのが相当である。

ところで、本件登録意匠と引用意匠は、正面水平方向における雄ねじ筒と円筒部との長さ比に前記認定のとおりの差異があり、また、前掲甲第四号証、乙第一一号証の一によれば、両意匠の雄ねじ筒の長さと直径の比、円筒部の長さと直径の比などについて原告主張のとおりの差異があることが認められるけれども、雄ねじ筒の長さと直径の比に関する両意匠の差異はさしたるものとはいえず、右乙第一一号証の一によれば、引用刊行物の付表には、円筒部の長さ二〇ミリメートル対直径三二ミリメートル、あるいは長さ二五ミリメートル対直径三九ミリメートルなる、本件登録意匠におけるそれと僅かの違いがあるにすぎない比率となる寸法も表示されており、雄ねじ筒と円筒部との直径の比についても、本件登録意匠におけるそれと僅かの違いがあるにすぎない比率のもの(雄ねじ筒の直径二〇ミリメートル対円筒部の直径二七ミリメートル)が表示されていることを認めうることなどからすると、本件登録意匠の雄ねじ筒及び円筒部の各長さ及び直径の数値、そしてそれらの各比率は、引用意匠との対比において、本件登録意匠の特徴とすることはできないから、本件登録意匠と引用意匠の前記差異は部分的なものにすぎず、前記のとおり要部において共通している両意匠は、全体として類似しているものというのを相当とする。

したがつて、審決が、本件登録意匠と引用意匠における各雄ねじ筒と円筒部との直径の比、雄ねじ筒と円筒部の各長さと直径の比など原告主張の点が両意匠の差異としてこれらを対比することなく、両意匠の類否の判断を行つたことには、結局、何ら違法はなく、原告の(二)の主張は理由がない。

3 取消事由(三)について

原告は、引用意匠は雄ねじ筒の外周面にねじ溝を形成していないと主張し、その理由として、引用意匠につき付表の数値によつてねじ溝を有すると解することは誤りであると述べる。然しながら、引用意匠につき本件のように刊行物の記載によつてその意匠を把握特定するに当たつては、図面のみならず付表等文章による表現を参照できると解するのを相当とすること、及び本件における刊行物(前掲乙第一一号証の一)がドイツ工業規格書であつて、同刊行物に図示された基本的形態に基づいて付表等文章によつて各部の寸法等を明確に規格したものとして作成、提示されていると解すべきものであることは前説示のとおりであり、しかして、同号証の記載と本件口頭弁論の全趣旨とによれば、引用意匠のねじ溝の部分は、右のドイツ工業規格に定められたねじの図法に基づいて図示されたものであることが認められるので、してみれば、引用意匠は、雄ねじ筒の外周面にねじ溝を形成していると解することができるから、原告の右主張は採ることができない。

そして、前掲乙第一一号証の一によれば、引用刊行物の記事中に、引用意匠のねじについて、「DIN二五九によるウイツトワース筒ねじ」と記載されていることが認められ、この事実によれば、右記載によつてねじ溝の形状は特定されているものと認めることができる。原告が提出する、成立に争いのない甲第一二号証は本件と事案を異にし適切でないし、同様甲第一五号証の一、二によつても右認定を左右するに至らない。

したがつて、原告の(三)の主張も理由がない。

なお、ねじ溝の形状は、類否の判断を支配する要部とは認められないから、審決が、ねじ溝の形状について、両意匠の類否の判断の要部としなかつたことに誤りはないものというべきである。

以上のとおりであつて、審決には、原告主張の誤りはない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとする。

〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「蛇口接続金具」とする、別紙(一)の図面に記載のとおりの構成からなる登録第四二八一五二号意匠(昭和四七年四月八日登録出願、昭和五一年三月一七日設定登録、以下「本件登録意匠」という。)の意匠権者であるが、被告らは、昭和五七年一〇月一日、原告を被請求人として、本件登録意匠につき登録を無効にすることの審判を請求し、昭和五七年審判第二〇四二五号事件として審理された結果、昭和五八年一〇月三一日、本件登録意匠の登録を無効とする旨の審決があり、その謄本は同年一二月一七日原告に送達された。

二 審決の理由の要点

本件登録意匠は、意匠に係る物品を蛇口接続金具として、昭和四七年四月八日登録出願し、昭和五一年三月一七日登録になつたもので、その要旨は、雄ネジ筒と円筒部とを連設してなるもので、雄ネジ筒の内面には六角棒ハンドル挿入用の断面正六角形状の孔部を設け、円筒部の内面に雌ネジ部を設け、雄ネジ筒の直径を円筒部の直径より小とし、正面水平方向において両者の長さ比を一対一・四強とした態様と願書添付の図面及び願書の記載によつて認める。

これに対して請求人ら(被告ら)の提出した甲第八号証(審判手続における書証番号)は、一九六九年一月ボイトーフエルトリープ社(ベルリン三〇及びケルン)がドイツ国において販売した「ドイツ工業規格DIN三五二三」であつて、同刊行物は、昭和四四年七月二五日工業技術院標準部、日本工業標準調査会に受入れられ、一般に供覧されたもので、これに記載された蛇口接続金具の意匠(図示されたもの。別紙(二)参照)の要旨は、雄ネジ筒と円筒部とを連設してなるもので、雄ネジ筒の内面には六角棒ハンドル挿入用の正六角形をずらして二個重ねた断面形状の孔部を設け、円筒部の内面に雌ネジ部を設け、雄ネジ筒の直径を円筒部の直径より小とし、正面水平方向において両者の長さ比をほぼ一対三とした態様と認める。

そこで両意匠を対比するに、両者は、雄ネジ筒と円筒部の直径に差を設け、段違い状とし、雄ネジ筒の内面に六角棒ハンドル挿入用の孔部を設け、円筒部の内面を雌ネジ部とし、正面水平方向の長さを、雄ネジ筒に対し円筒部の方を長くした基本形態について共通しており、この点は、全体的なまとまりとしての両意匠の特徴を最もよく表している点といえるから、類否の判断を支配する要部と認める。これに対し、両者は孔部の形状及び正面水平方向の雄ネジ筒と円筒部の長さ比について差異があるので審案するに、前者は、本件登録意匠の類似第一号にみられるように、雄ネジ筒内面の端面の態様にすぎないから全体に対する影響は小さく、後者も、外観上さほど大きな差異でなく、前記甲第八号証にもl1一四対l2二〇として本件登録意匠とほぼ同一比率のサイズも表示されていることからみても本件登録意匠の特徴とすることはできないから、結局差異点はいずれも部分的なものである。

以上述べたとおりであるから、要部において共通している両意匠は、部分的な点について差異があつても全体として類似しているものというほかない。

したがつて、本件登録意匠は、その登録出願前国内において頒布された刊行物に記載された意匠に類似するものであるから、意匠法第三条第一項第三号の規定に該当し、同法同条の規定に違反して登録されたものとして、その登録は無効とする。

三 審決を取り消すべき事由

審決には、次のとおり、本件登録意匠と引用刊行物記載の意匠との類否の判断につき誤りがあり、違法であるから、取り消されるべきである。

1 取消事由(一)

審決は、視覚によらず観念的に把握した、意匠法上の意匠でないものと本件登録意匠とを対比して、類否の判断をなしたものであつて違法である。

意匠法上の意匠は、物品の形状、模様もしくは色彩またはこれらの結合であつて、視覚を通じて美感を起こさせるものであるから、意匠は、視覚でとらえられるものに限定され、視覚以外の五感や観念を通じてはじめて認識されるものは含まれないことは明らかである。

このことは、意匠法が、意匠登録出願に当たつては意匠を記載した図面または写真、ひな形、見本の提出を要求していること(第六条第一、第二項)からも明らかであり、特許庁における意匠審査基準(甲第九号証の一、二)においても、意匠登録の出願に際し、願書または図面中に文字、符号などを用いて形状等を抽象的に説明した場合には、意匠が具体的でないものとして、意匠法第三条本文の規定により登録されないものとしているのである。

右のとおりであつて、意匠法上の意匠は、文字、符号などを用いて表現することは許されず、文字、符号などを用いて表現されたものは、もはや意匠法上の意匠たりえない。

したがつて、本件登録意匠との類否の判断の対象とすべき意匠は、引用刊行物(乙第一一号証の一、審判手続における甲第八号証、別紙(二)参照)に図示されている意匠(以下「引用意匠」という。)と同じ寸法比のもの、すなわち乙第一二号証(審判手続における甲第九号証)に表示されている意匠(別紙(三)参照)に限定されるべきである。

しかるに審決は、右引用刊行物の付表に記載されている文字と数字に基づいて、右刊行物記載の蛇口接続金具の雄ねじ筒と円筒部の長さの比は一四対二〇であるとしてその意匠を把握したうえ、本件登録意匠と対比して類否の判断をなしたものであるから、視覚によらず、観念的に把握した、意匠法上の意匠でないものと対比したものというべく、意匠法第二条第一項及び第三条第一項第三号の規定の解釈を誤つたものである。

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